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<ノベル>
祭りの喧騒とは一転、ビルの中はひっそりと音を鎮めていた。電気もついておらず、差し込む月明かりであたりは薄暗い。普段は受付であろうカウンターにも人影はなく、薄暗闇がまるで来客者を拒んでいるような圧迫感を出していた。
「ごめんなさい、私がわがままなこと言ったばかりに」
ファレルの隣に立つ、コレット・アイロニーは申し訳なさそうに言った。
初めは、ファレルのロケーションエリアを展開し、飛行もできる車を出現させ頂上に行こうとしていたのだが、四人乗せると重量制限で飛ぶことができなかった。ならば歩いていくとサマリスは言い、それなら私も着いて行きますとコレットが言い出したのでファレルはロケーションエリアを引っ込めたのだった。
「あなたのせいではなく、私の意思でこうしたんです」
ファレルは唇を尖らせて視線を外す。
前方では白に所々青のラインの入った装甲のロボット――サマリスがライトで辺りを照らしながら、マルチセンサで罠を探査している。傍ではウルク――ウルクシュラーネ・サンヤがなにやら呪文を唱えていた。
ちらりと視線を戻せば、コレットは申し訳なさそうに俯いてしまっている。手に持ったガードゲージに入っているバッキーを寂しげに見つめているようだった。
別に責めてるわけじゃないんですけどね……。ファレルは頭をかいた。
ややあって、
「罠の探査終了しました」
「こちらも準備完了です」
とのことで、サマリスが先導する形で四人は出発した。使えるかどうかは分からないが、とりあえずエレベーターを目指して進む。どちらにしろ、階段もエレベーターの近くにあるのであった。
「そういえば、ウルクさんはなんの呪文唱えてたんです?」
「対物理攻撃の防御の呪文です。サマリスさんを信用してないわけではないんですが、不意な罠にも対応出来るように『念のため』ですよ」
ウルクは片側にはモノクルのかけた瞳を、弓の形に曲げる。
「それは私たちにも効果があるのですか?」
「えぇ、それに――」ファレルの問いに、ウルクは頷く。闇に同化するように黒い神官服を羽織ったその背が、微かにざわめいた。「他にも防衛手段はあるので安心して下さい」
……おもしろいものもってますね。
ファレルはその背を睨み、ふぅんと薄い笑みを浮かべる。
サマリスの案内で、ビルの廊下をまっすぐ進むと割と近くにエレベーターはあった。硬く閉じられたドアの上にあるエレベーターの現在地を示すランプは消え、傍らのスイッチを押してもやはり反応がない。
「やっぱり動いてないようですね」
ファレルはため息混じりにそう呟く。隣のコレットが「じゃあ階段ねっ」と気合いたっぷりにスカートの裾をたくし上げていた。
「待って下さい」感情が読みとれない女性の機械音声でサマリスは続ける。「このビルは五十階建ての高さ二百メートルはあるビルです。階段で頂上を目指すより、地下三階にある制御室へ向かいエレベーターを起動させたほうがいいと考えます」
サマリスがくるりと向きを変え、歩き出した。
行き場のなくしたやる気をスカートの裾と一緒に離したかのようにコレットがぽかんと口を開ける。
「サマリスさんって物知りね」
「さっきこのビルの情報を取り込んで来たので」
長い脚部、太い太腿が特徴的な人型ロボットは、やはり起伏の少ない声で言った。
「こちらです。業務用の階段があります」
内部の人間用なのだろう、次第に狭くなる部屋々を通り抜け、地下への入り口へと向かった。サマリスの先導のお陰か罠にはまることは一度もなく、サクサクと進むことが出来ていた。
「すごい高機能なのね、サマリスさん。さっきから迷わないし、罠にも出会わないわ」
「ですねぇ。私の防御呪文も出る幕がなさそうじゃないですか」
サマリスが「ありがとうございます」と応じる。
一方でファレルは、この状況がどうにも面白くなかったりもした。
別に好きでもなんでもないのだが、コレットの態度を見ているとやきもきするのだった。
自分はロケーションエリアを引っ込めてまでコレットの身を案じているというのに、なんで感謝の言葉ではなく、謝罪の言葉が飛んでくるのだろう、と。特別怒った表情を作ったわけでもないのに、嫌われているのだろうか?
表面には出さないが、ファレルは一人心の中で身もだえしていた。
「どうしたの、ファレルさん?」
コレットが小首を傾げる。
自分の感情の変化に気づいてくれた喜びと、さん付けなのかよとの落胆の気持ちが重なって、ファレルはつまらなそうに「別に」と答えることしか出来なかった。
そのうちに、狭い廊下、そしてその道が途切れる場所へと着く。『関係者以外立ち入り禁止』の札がかけられた分厚い鉄板の扉が、廊下を区切っていた。
「開錠を開始します」
サマリスには工兵能力も高いらしく、カチャカチャとドアノブをいじるとすぐに扉は開いた。
「すごいわ、サマリスさん」
ファレルはやはり面白くないのであった。
◇◆
長方形を描くような階段が続いている。
ゴツゴツとした多面体を重ねたような体。肩には何か取り付けられ、銃器のようなものをぶら下げていた。
特徴的な、胴体よりも太い楕円型の太腿。長い足で一歩一歩進むたびに、重い音が響く。曲がり角が苦手なのか、階段のカーブでは速度を緩めゆっくりと進んでいた。
「おもしろいですねぇ」
自分のいた世界にはなかったその機械人形――サマリスをウルクは興味深く観察していた。
と、
「下方の踊り場に、なにか鋭利な三角錐状のものが撒かれています」
サマリスが足を止めた。
ウルクは踊り場の一段上の段まで降り、目を凝らす。
白い床に同化させるように白く塗られた三角錐状のもの。角が鋭く、靴底程度なら容易に貫いてしまうだろう。手に取れば中々の重さがあり、それが鉄製だと気づく。
見覚えのあるそれに、ウルクはぽつりと漏らした。
「これは……まきびしですね」
「まきびしってあの、よく忍者さんとかが使ってるやつ?」
コレットが言う。ウルクは頷いた。
「……ということは、バッシュさんって忍者なのかしら」
「かもしれませんねぇ」
相変わらずつまらなそうな顔をしたファレルがウルクの隣に立った。
「名前も聞いたことないですし、どうせB級スラップスティックコメディかなんかの奴でしょう」
そう言うとともにファレルは横一文字に腕を振る。すると散らばったまきびし達がどろりと溶け出す。
驚き、ウルクは目を見開いた。
「ファレルはどのような能力をお持ちで?」
「ちょっと分子を弄ることができるんです」
それだけだと言わんばかりの口調で会話を切ると、ファレルは足を進めた。
ウルク達も跡に続く。
すぐに、壁にはめ込まれた5の文字の看板が見えた。
ウルクは再び目を見開いていた。制御室の中にはそれほど刺激的なものがあったのだ。
大小様々な機器が並び部屋の奥まで見えないが、横幅は広くかなり大きな部屋だと推測できる。天井にはむき出しのパイプが走り、ここは電球が煌々と輝き部屋を照らしていた。
そんな場所にある刺激的なもの――
「「「 よく着たな、お前らぁ!!! 」」」
ツンツンに立った金髪に、柔道着のようなものを着た青年。さっき電光掲示板に映し出されていたバッシュという男だった。
とはいってもそれだけではない。なんとも奇怪なことに、そのバッシュは三人いたのだ。
こちらの驚きが嬉しいらしく、バッシュはニヤニヤ笑っていた。そして三人が一挙一動同じく、腰に手を当て豪快な笑い声を上げた。
「「「 あっはっはっは!! どうだ驚いたか。これぞ俺の得意技、分身の術だ!!! 」」」
饒舌にバッシュは続ける。
「「「 おまけに雷遁の術を併用して機械達を狂わせているんだ! すごいだろ! おどろいただろ! ……って、うわぁ! 」」」
突然、ぼふんと音を立ててバッシュの一人が消えた。
「うるさいですよ、あなた達」
ファレルが静かに言う。
ウルクは感じていた。ファレルの振るわれた腕に合わせて、周りの空気が変わっていくのを。そしてそれは見えない何かとなり、ヒュンと音を立てながら、バッシュにぶつかっていった。
分子を弄ることができる――確かファレルはそう言っていた。
「これは私達も負けてられませんね」
そう言うと同時にウルクの影から人のようなものが飛び出した。
相手は忍びだ。
それを知ってウルクの影に潜んでいた、忍び達の血が騒いだのだった。
ウルクのいた世界での忍びとは、すなわち異形の者を示す。それを、ウルクは自らの影に七人、潜ませているのだ。
「……参ります」
影のように真っ黒、しかし体つきから見て女性だと分かるそれは――ヴィラメリアという者。表情がよく分からず、それ故ウルクの影に潜む七人の忍びの中でもっとも不思議な女性だ。
「「 やったらぁ! 」」
二人になったバッシュはなにやら拳を持ち上げ戦闘態勢をとろうとしていたが、ヴィラメリアの攻撃の方が早い。一瞬。ぼふんと音を立ててバッシュは二人とも消えた。
「やはり二人とも偽者ですか……」
「でもとりあえず、これでバッシュさんの術の影響はなくなったのよね。ならエレベーターで屋上まで行けるわね」
と、コレットは時計を取り出した。
さっきまで回り狂っていた針が、今は正常に時間を示している。
「残りは一時間ですか……」
四人は来た道を引き返し、エレベーターへと急いだ。
◆◇
観光客用なのだろう、エレベーターは広く四人が乗ってもまだまだスペースが空いていた。
ドアと反対側はガラス面となっており外を見回すことが出来る。
そこからは闇に包まれた銀幕広場が見えた。それでもまだ人はいるようで、人影がもぞもぞと蠢いている。
あの中にもバッシュの分身が紛れ込んでいるのだろう。わざわざ制御室に分身を置いていたということは、雷遁の術はあまり有効範囲が広いという訳ではなさそうだ。
サマリスは一人、考えていた。
コレットはそわそわしながら、ファレルとウルクは壁に身を預けている。
このエレベーターは十五分程度で最上階まで着く。屋上までは通じてないので、そこから屋上までは再び業務用の階段を上る。三十分もあれば余裕だろう。
しかし、屋上ともなれば風が強いだろう。
ましてや今は冬、ただでさえ寒いと言われている。ロボットであるサマリスは寒いなどと感じないが、人間にはなかなか辛そうだ。
そんなことも思いながら、サマリスはふとエレベーターのランプを見た。
十五階。もう少し時間がありそうだ。サマリスはアサルトライフルの点検をしようと手を伸ばした。
と、
チーンとエレベーターが止まる。
ゆっくりと開くドアの隙間から、豪快な笑い声が入り込んできた。
バッシュだ。四人いる。
「「「「 俺様の必殺技を食らえぇ! 」」」」
「射撃開始します」
サマリスは素早い手つきで一人に二発づつ、性格に弾丸を撃ち込んでいく。
ぱぱぁんと乾いた銃声が響いた。カラカラと薬莢が転がる。
「……排除完了」
僅か十秒。バッシュは全て消えていた。
ファレルがつまらなそうにエレベーターの『閉』のボタンを押した。
「……ここまでくると、さすがにうざったいですね」
ウルクがため息を吐いた。
ファレルは言う。
「まぁ、元からわりとウザい奴でしたけど」
「あんまり悪口言ったらかわいそうだわ」
コレットがなだめるように言うが、ファレルは意見を曲げない。
バッシュはさっきの登場から、三階に一回程度の割合で現れているのだ。
しかも回を増すのと比例してバッシュの数も多くなっていて、最初の方はサマリスやファレル、ウルクが一人で対処できていたのだが、段々と辛くなってきている。さすがに二十人を超えてくると大変だった。サマリスのアサルトライフルも熱を持ってしまっている。
現在は四十六階。
今までの割合で考えれば最低あと一回はバッシュが現れることになる。
次に備え、サマリスはアサルトライフルの弾倉を変えた。
が――
「おっ、来ないですね」
ウルクが嬉しそうに言う。
エレベーターは止まることなく、四十七、八、九と階を刻んでいった。
そして、五十階。
サマリスが取り込んだ情報では五十階は、壁がガラス張りで町全体が見渡せるのが売りの展望レストランとなっているはずだった。
「……うわぁ」
一転ウルクはあからさまな嫌悪を浮かべる。ファレルも、さすがのコレットも嫌そうな顔をしていた。
五十階の展望レストランは、全てが全てバッシュに埋め尽くされていた。
『いくぞぉ!』
一人一人でさえ喧しいというのに、こんなにも沢山――ざっと二百人以上はいるだろう――が一気に喋ると、それこそ壁にひびが入りそうだった。
「忍び達、全員出てきなさい」
ウルクは早速戦闘態勢に入っている。
影から種別様々な七人の忍びを出し、自分は呪文の詠唱を始めた。
「コレットさんは私の後ろに」
ファレルは自分の背にコレットをぴったり着けながら、なにやら少し嬉しそうにも見える表情でいる。
サマリスはアサルトライフル左手を支えに構え、銃底は右肩に乗せた。
◆◇
コレットはファレルの背に着き、バッシュ達の中へと入り込んでいった。ファレルは小さな動作で手を振るい、バッシュ達を消していく。
空気の分子を固めて空気の刃を作る。
何度もファレルと共に仕事をしたことがあるコレットは知っていた。
空気の刃は芝刈り機のようにバッシュ達を削除していく。ぼぼぼぼふんと一気に消えるバッシュの効果音は小気味よくもあった。しかし一度消し去って、床が見えたと思っても、またすぐに沢山のバッシュが視界をふさぐ。
「ちゃんと着いて来てくださいよ」
「……はい」
コレットはファレルの裾をちょいっと摘み、震えながら着いて行く。
ファレルは四方八方に空気の刃を飛ばし続けていた。
『おい、こっちも風遁の術だ!』
何人かのバッシュは集まり、手で何かの形を作るとすぅと大きく息を吸い込んだ。
『風遁の術!』
吐き出す息が絡まりあい、大きな竜巻を作る。バッシュを巻き添えにしながら強い竜巻が吹き付けた。
「ちっ」
ファレルは前方の空気を固め壁を作ったのだろう。竜巻はコレット達には当たらない。
が、
『もらったぁ!』
ここぞとばかりに、守りに入った二人にバッシュがまさに雪崩のように襲い掛かってきた。さすがのファレルの額にも汗が滲む。
そこに二人の角を持った少女が舞い込んできた。二人は素早い動きでバッシュ達を圧倒するとコレットとファレルに向けぺこりとお辞儀をした。
「ウルク様の忍びのレリィと」
「メラトよ!」
周りを見渡せば他にも何人かの見慣れぬ者が動いている。
「もうすぐウルク様の呪文が発動します。それで一気にカタがつくでしょう」
そういい残し、二人はコレット達の前から姿を消した。
その後すぐに蒼い雷のようなものが部屋を一瞬で駆け巡り、バッシュ達が一気に消えた。
◆◇
黒焦げで、頭をチリチリにしてそれこそファレルの言っていたようなスラップスティックコメディーのようなやられっぷりでバッシュは倒れていた。
「……本物、混じってましたね」
ウルクはボソリと言った。彼の忍びの中で一番おてんばな少女――メラトなんかは道に落ちてる異物を見るように、つっついたりしていた。
予想の範囲内だったのか、サマリスは特段驚いた様子もない。
コレットは心配そうに彼を見つめ、おろおろしながら傍らのファレルを見る。ファレルはただただ呆れていた。
「バッシュさん、大丈夫?」
コレットが声をかけ、身体を揺するとバッシュは飛び起きる。
バッシュはなにか言おうとして、あたりを見回し、ゆっくりともう一度目をつむった。
「早くいろいろと元に戻してください」
容赦なくファレルはバッシュの踵を落とした。バッシュは、ぐえと潰れたカエルのような声を上げる。バッシュは一瞬反抗的な目つきになったが、ファレルやウルク、さらには銃を構えてるサマリスを見てすぐに眦は垂れた。
「くそぅ、分かった。分かったよ」
何か呪文のようなものを呟く。
眼下の銀幕広場は、電球の、イルミネーションの様々な明かりに包まれる。
「……でもなんでこんなことしたの?」
「だって、その、俺B級映画の出だし。ここで目立って一気に名前を売ろうかなぁと」
と、目珍しく小声でぼそぼそと呟く。
ファレルの額に漫画のようなムカつきマークが浮かんだような気がした。
「そんなことのために、私たちはつき合わされたのですか……」
はっとコレットは気づき、ファレルを止めるため背後から抱きつく。
「まぁまぁファレルさん。ここからなら見晴らしもよさそうだし、いいじゃないですか」
「そうですよ、これもまた一興です」
ウルクもなだめるように言う。忍び達はもうすでに影の中へと戻っていた。
サマリスは警備に戻りたいのか、うずうずと銀幕広場を見ている。
ファレルはつまらなそうな、しかし赤くなった顔をぷいとそっぽに向けたいた。
あと十分もすれば花火が上がる。
銀幕広場は新年を祝う喚起の声で溢れるだろう。
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クリエイターコメント | お疲れ様です。 みなさんの楽しいプレイングに、自分も楽しんで書くことが出来ました。 ご参加ありがとうございました! |
公開日時 | 2009-01-20(火) 19:00 |
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